限界を超えるプロジェクト

「パキスタン肥料プラント」建造プロジェクト

プロジェクトストーリー

パキスタン中部、見渡す限り土と砂で覆われた広漠たる砂漠。そこに、突如現れる未来都市のような建造物群。
それは、1キロメートル四方の広大な敷地にそびえ立つ、巨大な肥料プラントだ。
川崎重工にとって、このプロジェクトは念願であった。イニシアチブを取って設計を主導し、
プロジェクト全体を統括してトータルエンジニアリングを実践する。世界のトップエンジニアリング企業に比肩する実力を
示すことのできるチャンスであり、その先にはパキスタンの人々の笑顔と信頼が待っているのだ。その強い想いを胸に、
5年間に及ぶ戦いに挑んだのは、世界と互角に渡り合う技術力と、熱い魂を胸に秘めた、川崎重工のエンジニアたちだった。

PROJECT MEMBER

  • 舟橋 公廣

    舟橋 公廣(ふなはし きみひろ)

    プラント・環境カンパニー
    ファティマ肥料プラントプロジェクト
    プロジェクトマネージャー
    1976年入社

  • 佐藤 信一

    佐藤 信一(さとう しんいち)

    プラント・環境カンパニー
    ファティマ肥料プラントプロジェクト
    営業
    1991年入社

  • 寺前 和成

    寺前 和成(てらまえ かずなり)

    プラント・環境カンパニー
    ファティマ肥料プラントプロジェクト
    エンジニア
    1994年入社

  • 日下部 和琴

    日下部 和琴(くさかべ わこと)

    プラント・環境カンパニー
    ファティマ肥料プラントプロジェクト
    エンジニア
    2002年入社

トータルエンジニアリングへの挑戦。
最適解を目指して世界中からパートナーを模索。

東京から遥か7,000km、パキスタン(パキスタン・イスラム共和国)は、日常的に入ってくる情報は少ないが、日本とは50年以上良好な関係を保ち、めざましい発展を遂げる成長国だ。主要産業は農業で、小麦生産量は世界第4位、肥料の需要が旺盛だ。そこで豊富な資源である天然ガスを化学肥料製造に振り替えるため、ファティマ肥料会社が計画したのが、天然ガスを原料として各種合成肥料を生産する、パキスタン最大規模の肥料製造プラントである。

2005年5月、要請を受けてすぐに動いたのはベテラン営業の佐藤信一。「これは大きな仕事が飛び込んで来たぞと、胸が震えました。すぐにプロジェクトメンバーを招集し、私たちは動き始めたのです」

プロジェクトマネージャーにはベテランエンジニア・舟橋公廣が据えられた。「まず、この案件を引き受けることで、当社にどのようなメリットを見出せるか、考えながら動かなければ」。今回のプロジェクトの主な構成メンバーだけでも5つの国からなる連合軍であったが、各社の思惑が交錯するなか、川崎重工は基本設計から機器調達、現地試運転、性能保証運転と、すべてを自分たちの手で動かしていくことを選択した。

早期からプロジェクトを牽引したのは、エンジニア・寺前和成だ。「受注に至るまでは、設計書と当社の蓄積データを突き合わせ、徹底的にシミュレーションを重ねました」。川崎重工の成算は、もちろんその技術力だ。ところが、と寺前。「積算した結果、クライアントの想定価格と30億円もの価格差があったのです」。佐藤を中心に粘り強く交渉を続けながら、その価格差を埋めるために選択したのが、徹底したローコストエンジニアリングへの挑戦だ。品質とコストを鑑みて、世界中から取引先を模索する。なかでも鍵となるのが、中国・武漢設計院とのサブコントラクター提携だった。

契約調印まで1年──。スタートラインに立った。
成功の鍵は、「世界初」を採用したキーハード。

その後、商談は1年間に及んだが、2006年6月30日、双方が契約条件に合意し、契約調印に漕ぎ付けた。機器の納品まで2年、建設に1年半、試運転に半年という、おおまかなスケジュールが立てられた。

「折衝相手は、客先、ライセンサー、サブコントラクター、各国の業者と数えればキリがありませんが、要は、納期・コスト・品質をいかに守るかです」と舟橋。プロジェクト総員は、川崎重工の社内だけでも数十人。協力各社を含めれば数えきれず、武漢設計院からは100人規模の設計者が投入され、メンバーは猛烈な忙しさに突入した。

これまでの経験やノウハウを豊富に持つ川崎重工も、尿素特有の微妙な調整には手を焼いたが、川崎重工とライセンサーはお互いに訪問を重ね、慎重に検討を進めていく。

今回のプラントの技術的特長となる主機は、アンモニアと二酸化炭素を、尿素へと合成させる反応器。直径3.5m×長さ20mの「まるで潜水艦のような」設備だ。スタミカーボン社(オランダ)の技術革新により、尿素生成における2つの反応プロセスを一つにする新技術を導入。さらに、その反応器を構成する素材には、耐久性に優れる新素材を採用した。

従来よりも性能が向上し、設備サイズは従来の半分となり、試運転時間も大幅に短縮されるこの新技術と新素材の組み合わせは世界初だ。最終工程では、直径20m、高さ100mのタワー内に液体尿素を降らせ、小さな球状の固体に造粒する仕組みだ。

プラント建造の生命線である、水資源の供給。
若き技術者が異国の地で躍動する。

プラントにおいて、発電・空気・給排水などのユーティリティー設備、なかでも水処理設備を担当することになったのが、2007年に本プロジェクトに招集されたエンジニア、日下部和琴だ。

真夏は50度まで気温が上昇し、乾燥して砂嵐が吹き荒れる砂漠地帯。まずは水の確保が生命線であり、水処理設備は、プラント建造に先駆けて最初に作らなければならない重要なものだ。所内で使用できるレベルの水質にするべく、水処理設備を計画・設計、設備仕様書の作成、業者引合・仕様のチェック、客先へのアドバイスなど、立ち止まっている時間はない。

ところが、設備仕様書をもとに業者やコントラクターに依頼をしても、なかなか対応してもらえず、何度も衝突した。工事は遅々として進まない。「ある時、上司に『一方的に自分の意見を押し付けてもダメだ。相手とディスカッションし、代替案はないのか考えろ』と言われ、ハッと気がつきました」。プラント建造は相互の信頼関係が大事だと痛感した日下部は、最終的に『時間がかかったが、深く検討してくれて良かった』と客先に声を掛けられ、顔をほころばせることになる。

異文化を超えて、固い絆で結ばれる。
この経験を携えて、次なるプロジェクトへ──。

「もちろん、異文化同士で価値観は違う。意見はぶつかり合い、ときには喧嘩にもなる。でも、相手の真意を把握して、何ができるのかを考えていく。結局はそれに尽きます」と佐藤は語る。寺前が苦労していた試運転時には、ライセンサーが試運転に詳しい優秀なエンジニアを派遣してくれた。「本当に助けられました。この頃には、チームとしてのまとまりが自然とできていたのですね」

2010年6月、プラントは客先に引き渡され、川崎重工の手を離れた。「社内外のメンバーが一丸となった成果です。喜びとともに、プロジェクトマネージャーとして人材に恵まれたことに感謝します」と舟橋は振り返る。寺前は「現在、大プロジェクトを2件完遂しました。あと4件は手がけたい」と、エンジニアとしての未来図を語る。

川崎重工は、今回のパキスタン肥料プラントプロジェクトを通じて、いくつもの「世界初」を実現し、総合エンジニアリング会社として申し分のない実績を築いた。メンバーたちに休息はない。2010年に受注したトルクメニスタン肥料プラントプロジェクトでは、基本設計、詳細設計を終えて現地工事に取り掛かった。日本から遠く離れたトルクメニスタンでは、多くの若いエンジニアが活躍している。