限界を超えるプロジェクト

ボーイング787
ドリームライナー開発プロジェクト

プロジェクトストーリー

2011年7月10日、たくさんの航空機ファンやメディアが詰めかける中、 ANAカラーに彩られたテスト機が中部国際空港に着陸した。
ボーイング787ドリームライナーの初号機である。民間航空機史上、前例のない構造を採用した革新的航空機であり、
胴体や主翼といった一次構造にまで炭素繊維複合材を用いることで常識を打ち破る軽量化と工程削減を実現。
その革新性が評価され、開発段階ですでに800機を超える予約注文を記録するなど、まさに世界中のエアラインが注目する次世代機だ。
川崎重工は、その革新的パーツである前部胴体等を設計・生産するパートナーとして、ボーイング社との国際共同開発に参画。
6年に及ぶ開発プロセスの末に、不可能と思われたミッションをみごと完遂した。

PROJECT MEMBER

  • 谷口 明

    谷口 明(たにぐち あきら)

    航空宇宙カンパニー
    787生産技術部
    サブプロジェクトマネージャー
    1982年入社

  • 田村 勝巳

    田村 勝巳(たむら かつみ)

    航空宇宙カンパニー
    生産本部 業務部 民需業務課
    サブプロジェクトマネージャー
    1986年入社

  • 松本 和也

    松本 和也(まつもと かずや)

    航空宇宙カンパニー
    技術本部 民間航空機設計部
    787設計一課 設計
    2000年入社

  • 多田 章二

    多田 章二(ただ しょうじ)

    航空宇宙カンパニー
    生産本部 787生産技術部
    787プロセス技術課 生産技術
    2004年入社

複合材による一体成形構造。
航空機史上前例のない挑戦が始まった。

2000年代に入り、ボーイング社は、これからの航空輸送は「Point to Point」が主流になるという考えのもと、乗り換えなしに大中都市間を直接結べる長距離中型航空機「ボーイング787」の開発に乗り出した。

燃料費の高騰から運航経費の低減に強い関心を持っていたエアライン各社のニーズに応えるため、「787」の開発において最重要テーマに挙げられたのが「効率」の追求だった。機体の軽量化を図ることによって燃費を向上させ、より少ない燃料でより長距離の航行を可能にする。そのために、ボーイング社が決断したのが「炭素繊維複合材」の主構造への採用であり、そして、その主構造部分を分担して製造・供給する世界5社のパートナーサプライヤーのうちの1社として白羽の矢が立ったのが、川崎重工だったのだ。

「川崎重工の複合材を含む高い技術力と、50年にわたり、さまざまなプロジェクトを通して築いたボーイング社との深い信頼関係が、今回のプロジェクト参画につながったのです」

川崎重工が担当したのは、重要な部位である前部胴体のほか、主脚格納部および主翼固定後縁である。それらすべてに複合材を用いる。従来のアルミ合金から複合材に置き換わることにより、現行の製造ラインは一切使用できなくなる。そのため、まったく新しい製造方法の考案や、それに基づく生産設備の開発、最新鋭工場の建設など、一から検討が求められた。特に前部胴体については、通称「ワンピースバレル」と呼ばれる、つなぎ目の一切ない一体成形構造を採用することが決まっており、世界でも前例のない挑戦となった。

あまりに高い頂に目もくらむようだったが、かねてより「いつか複合材で民間航空機をつくりたい」という思いを胸に秘めていた谷口は、ついに夢をかなえるチャンスが訪れたと武者震いせずにはいられなかった。

前へ前へと進めなければ間に合わない──。
その道を、複合材特有の性質がはばむ。

本プロジェクトの最難関部品であるワンピースバレル開発にあたり、設計担当者として構造解析や強度計算といった上流工程に携わったのが松本だ。解析担当チームのとりまとめを行うとともに、ボーイング社との調整役も務めた。「最も厳しかったのは時間との戦いだった」と松本は振り返る。納期がとにかく短い。提示されたのは、通常4年ほどかけて進める開発プロセスを、実質ほぼ2年でやりきらなくてはならないスケジュールである。

時間に追われる中で松本を苦しめたのが、航空機設計の使命ともいえる重量軽減への挑戦であった。「787」の根幹テーマである「効率」追求の観点から、かなり高い目標数値をボーイング社と共有していた。松本は一件あたりわずか数十グラムの重量軽減案であっても、地道に検討を積み重ねた。これがアルミ合金なら、強度計算もシンプルだ。しかし、複合材ではそうはいかない。

「炭素繊維の場合、組み合わせる繊維の方向によって板状にしたときの強度が変わってしまうという、実にやっかいな特性があるのです」 どのような向きの繊維をどのように組み合わせれば、求められる強度をクリアした状態で重量を減らせるか。複合材特有の性質に悩まされながら、松本はひたすら計算を重ねてベストな組み合わせを導き出していった。

入社2年目の技術者に託された、
メイン生産設備の導入という重責。

現在、川崎重工の名古屋第一工場では、2006年に増設した延べ床面積約1万6000m2に及ぶ「787北工場」と、2010年に新設した同約2万9000m2の「787南工場」がフル稼働して、「787」の製造にあたっている。しかし2004年には、どちらも何もない文字通り更地の状態だったのだ。谷口ら生産技術者たちは、そこから実にわずか2年で、世界最新鋭の設備を備えた「787」製造拠点を構築したのである。その中でも困難を極めたのが、前部胴体部品「ワンピースバレル」の製造設備だった。

ワンピースバレルは、炭素繊維複合素材(プリプレグ)を、直径約6m・長さ約10mに及ぶ筒状の治具(マンドレル)に巻き重ね、それをそのままオートクレーブと呼ばれる巨大な釜の中で焼き固めて硬化させることでその基本形ができあがる。世界的に前例のないこの製造工程のうちメイン設備といえる、プリプレグの自動積層装置「AFP(Auto Fiber Placement)」の導入に係る全業務を任されたのが、多田だった。

「川崎重工で導入したAFPは、プリプレグを複数本並べて一気に巻く機能を備えており、一度に積層できる幅は世界最大級を誇ります。また厚みも自在に調整できる最先端装置です。」

そう淡々と説明する多田だが、この世界最新鋭設備を導入する重責ミッションを任された2005年当時、多田はまだ入社2年目だった。「えっ?! 私でいいんですか?」と思わず上司に聞き返したと笑う。

総重量700tに及ぶ
化け物のような巨大炉が完成。

多田がAFP導入に奮闘する一方で、別の生産技術者らはAFPの後工程にあたるオートクレーブの設備構築に取り組んでいた。オートクレーブは実に内径8m、長さ17m、総重量700tに及ぶ世界最大級規模。それを川崎重工・播磨工場で設計・製作した。

「オートクレーブは巨大な圧力釜のようなもの。炉内を高温に加熱してプリプレグを硬化するのですが、問題となったのは焼きムラでした」と谷口は明かす。ムラなく均一に硬化させなければ、歪みが発生するばかりか、内部強度にも悪影響を及ぼしてしまう。そこで谷口らは、技術部門に協力を求め、宇宙機器設計で培った熱解析技術を活用。さらに、炉内の加熱温度や時間についてさまざまなパターンでシミュレーションし、その結果、非常に高精度な前部胴体を焼き上げる生産技術の確立に成功した。

こうして主要な生産設備も一通りそろい、2006年8月には初号機の出荷に向けて実規模での試作に取りかかることとなった。AFPを用いて実際のマンドレルに素材を積層する初バレルの瞬間だ。しかし、AFPは思い通りに動いてはくれなかった。「机上や実験レベルでは問題なかったものの、数百kgという量で積層したとたん、トラブルが続出してしまったのです。その度に現場やボーイング社の駐在員技術者と意見を交わしあい、解決策を導き出しました。」

正月休み返上の突貫作業。
一丸となって守った初出荷の納期。

「そんなスケジュールではとても出荷できない!」

2006年暮れ。ボーイング社とのテレビ会議の場で思わず声を荒げる田村がいた。田村は業務部の一員としてプロジェクトのスタートから、スケジュールや価格面について社内のとりまとめを行うとともに、ボーイング社との折衝窓口を務めてきた。極めて難度の高い技術課題が山積しているにもかかわらず、常識を超える短納期で進んできた「787」プロジェクト。その初号機の出荷で、さらなる難題が田村らに突きつけられた。
「2007年1月12日に何が何でも初号機用の前部胴体を出荷せよ」

現状を考えると、到底実現不可能なスケジュールである。それでもやりきるしかない──。川崎重工のプロジェクトメンバー誰もが、初号機出荷の納期を必達ミッションと肝を据えた。正月休みを返上し、連日の昼夜突貫で作業が進められた。それでも、基本構造まではできたものの、一部の付属部品が間に合わないため、アメリカのチャールストンにあるボーイング社の工場で、間に合わない部分を取りつけることとなった。

「川崎重工には、それでも品質を担保する責任があります。現場の作業員の手配や管理監督者のアレンジ、トラブルが発生したときの対応方法など、業務・品質管理上の課題を急遽調整して現地での組み立て作業に臨みました」

初飛行の歴史的瞬間。
そして、社内外から授かった栄誉。

2009年12月15日、ワシントン。現地時間午前10時27分、ボーイング社の工場にほど近いペインフィールド空港に集まった人々から、大きな拍手がわき起こった。次世代航空機ボーイング787「ドリームライナー(Dreamliner)」が離陸に成功。初飛行の瞬間だった。日本時間午前2時。その歴史的瞬間を見逃すまいと、Webでのライブ映像に見入ったプロジェクトメンバーたちは、胸に熱いものがこみ上げてくるのを抑えることができなかった。航空機史を塗り替える革新的航空機に、自分たちが足かけ6年の歳月を費やして手がけた主要構造体が載っている。本プロジェクトで成し遂げたことの大きさを実感した瞬間だった。

そして2012年9月現在、まったくのゼロベースから手探りで進めてきた「787」プロジェクトも、100機を超える生産までたどり着いた。その功績が評価され、川崎重工社内ではカンパニープレジデント表彰や社長表彰を受賞。さらにボーイング社からは、関連会社17,000社からベスト17社に与えられる「2011年度ボーイング・サプライヤー・オブ・ザ・イヤー賞」まで受賞した。

炭素繊維複合材の航空機胴体。その生産技術を有するのは日本では川崎重工だけであり、世界的に見ても限られた企業だけだ。今後、ボーイング787の世界的な運用が進んで評価が上がれば、世界規模で複合材製の航空機が主流となっていくだろう。それを世界で最初に手がけたメーカー・川崎重工。その価値は、これからの大きなビジネスチャンスとして川崎重工にもたらされることになろう。そしてまた、何よりこのプロジェクトに関わったメンバー全員の胸に、かけがえのない勲章として輝き続けるに違いない。