挑戦者ファイル

01 浜塚 笛子 法務部 東京法務課 法学部卒業 2003年入社

百戦錬磨のつわものがそろう国際プロジェクトで、法務の存在感を示せるか。

次世代大型旅客機「ボーイング777X」。
その開発・量産プロジェクトに法務の主担当として参加。

「えっ? ほんとですか? やったぁ!」

上司を前に、浜塚は思わず喜びの声を上げた。ボーイング777シリーズの後継機である次世代大型旅客機「777X」の開発・量産プロジェクトを担当してみないかと打診を受けたのだ。二つ返事で引き受けながらも、「海外出張はできる限り参加したいと思いますが、子供の関係で、対応できない場合が出てきてしまうかも」と相談すると、上司からは「その場合はチームでバックアップすることを考えるから」との答え。かくして、浜塚がチームリーダーを務める2名が法務担当としてプロジェクトに参加することとなった。

浜塚の所属する法務部門では、各カンパニーが締結する契約条件の検討や交渉支援、紛争対応、訴訟遂行などを行うほか、プロジェクト案件にメンバーの一員として参加し、法務の立場からサポートするプロジェクト支援業務も手がけている。今回の「777X」もその一つだった。世の中を沸かせた革新的新型機「ボーイング787」プロジェクトにおける下請けとの交渉にも一担当として携わっていた浜塚にとって、「777X」の主担当を務めることはまさに夢のような話である。浜塚は胸が高鳴るのを抑えて準備を開始した。

チームの一員として自分にできることは何か?
無力感の中で仕事を見出していく日々。

意気揚々とプロジェクトに臨んだ浜塚だったが、その全容が徐々に見え始めるとともに、想像を超える業務難度の高さに苦しめられることになった。そもそもこのプロジェクトは、日本航空機開発協会による主幹の下、川崎重工を含む日本の重工メーカー5社が参画し、各社が分担製造してボーイングに納入するというもの。そのため、日本側は一体となってボーイングと契約交渉に臨むかたちをとっていた。各社から営業担当と法務担当が数名ずつ参加していたため、日本側だけでも15〜20名の大交渉団である。しかもそのメンバーがすごかった。日本側の全体キックオフミーティングで周囲を見渡すと、法務担当は皆、浜塚よりも10歳は年上のベテランばかり。加えて各社の営業担当はといえば、航空機開発・製造の国際プロジェクトにおいて経験豊富なつわものぞろいで、英文契約書の中身などすべて頭に入っているというプロフェッショナルの集まりだった。

浜塚は自問した。「この中で、いったい自分は何ができる?」 自分よりはるかに高いレベルで契約交渉を進める営業担当を、法務担当としてどうサポートすればいいのか・・・。激しい無力感にさいなまれながらも、一つの答えを出した。「準拠法を徹底的に調べてチェックしよう」。通常、こうした契約書では、特に記載のない事項については準拠法に照らし合わせて判断される。そうなった時に不利益をこうむる事項がないか、浜塚は関連準拠法を調べ上げ、気になる項目については、法務部の上司や航空部門の法務の先輩、さらに外部の弁護士に確認をとったり、営業担当に相談して契約書に盛り込むよう進言したりするなどして、一つひとつサポートしていった。

そうやって必死に自らの務めを果たそうとする浜塚の胸の内にあったのは、「チームの一員になりたい」という想いだった。単に、メンバーの一人というのではない。一緒に仕事をする方々と、ともに泥をかぶる覚悟で取り組むという、浜塚のいわば信念だった。こと法に関する領域についてのみ必要に応じてアドバイスを行うといった関わり方ではなく、もっと深く、当事者として関わりたい。その想いが伝わったのか、プロジェクトが進んでいった時、営業担当のリーダーから厳しい言葉をもらった。「こうあるべきですねという意味合いの“I hope”や“I want”といった表現で言われても困る。交渉の場で、ボーイングの前で、いかに説得力を持って説明できるかまでちゃんとイメージした上で、法務として交渉上主張すべきと考える点をこちらに伝えてほしい」 そう言われてハッとした。それこそ、今回のプロジェクトで自分が本当の意味でのチームの一員として果たすべきこと。同時にそれが、あるいはチームの一員として認めようとしてくれている営業担当の期待に応えることにもなる。以来浜塚は、自分の法的見解を受け取った営業担当が、それをどう先方に伝えることができるかまでイメージしてコメントするように努めた。

いざ、米国へ。
大詰め交渉のテーブルにつく。

そうするうちに契約交渉は佳境を迎え、いよいよ浜塚らは米国での大詰め交渉の場に臨むことになった。日本側とボーイング側、総勢20名の関係者がテーブルを囲む。ピリッとした空気が漂う中、主に百戦錬磨の各社の営業担当が、流暢なビジネス英語を駆使して交渉を進めていく。もちろん、川崎重工の営業担当も負けてはいない。契約の履行期間である向こう何十年という年月を背負って戦うその姿は気迫にあふれており、浜塚に勇気を与えた。

議題が保証期間に関する項目に移った時、浜塚はここぞとばかり果敢に英語で切り込んでいった。ボーイングから提示された保証期間の計算式に矛盾を感じたため、「これはおかしいのではないか」とその不整合性を指摘し修正を求めたのだ。決して流暢とは言えない英語を使って、必死に主張する浜塚。その様子を見た周囲のメンバーもサポートをしてくれ、浜塚の出した異議はボーイングに認められた。わずかながら、何とか契約書に自分の爪痕を残すことができた浜塚だった。

契約書を手にして誓った成長。
そして、次なる大型プロジェクトへ。

その後、契約は無事に締結を迎え、後日、浜塚は航空部門から、締結した契約書の冊子版を受け取った。それまでドラフトの状態だったものが、実際に冊子となってできあがってきたのを手に取り、浜塚はうれしさとともに、泣きたくなるほどの悔しさが湧き上がってくるのを抑えきれなかった。自分はこの契約書にどこまで関与できたか? 法務担当としての力量不足を思い知らされた案件だった。しかし、この悔しさを必ず次への糧にしてみせる——。もう前を向いている浜塚がいた。

それからほどなく、浜塚は川崎重工が社運をかけて取り組んでいる水素プロジェクトに携わることになった。オーストラリアでの実証試験に係る関連契約のサポートだ。今度は、オーストラリア政府や現地企業、コンサルティング会社など、さまざまな立場の関係者が数多くからむ中での契約締結を目指す案件である。浜塚は勢い込んでスタートダッシュをかけた。今回は「自分が手がけた」と胸を張って言える契約書にする。「777X」の時よりも少しは存在感を示すことができているのではないかという手応えはあるが、まだ先は長い。浜塚自身が心の底から達成感を得ることのできる日まで、挑戦は続く。

学生時代の私

映画がきっかけでイタリアという国が大好きになり、大学で専攻語学とは別にイタリア語の授業を受けたり、イタリア料理店でアルバイトをしたり、それで貯めたお金でイタリアを旅したりと、とにかくイタリア三昧の日々を送っていました。2週間のイタリア旅行では、ローマ、フィレンツェ、ベニス、ミラノと周遊し、これぞイタリア!という思い出をたくさん作りました。ちなみに今はプライベートで声楽を習っており、イタリア歌曲を歌う際に、学生時代の学びが役立っています。

入社の決め手

社会のインフラを支える重工業に憧れ、さまざまな会社を回りました。川崎重工を強く志望するきっかけとなったのは、確かな技術力と、就職活動中に出会った「人」です。会社は何十年と過ごす可能性のある場。そこで長期にわたって活気を維持して業務に取り組むには、周囲の環境は非常に重要です。川崎重工の社員は、10年プレイヤーでもいきいきと仕事や夢について語ってくれたのですが、それはきっと自由に意見を言える雰囲気や、互いに切磋琢磨できる社員がいるなど、会社の環境が整っているからに違いないと考え、入社を希望しました。

チームリーダーから

野母 亮平

法務部 東京法務課

野母 亮平

Nomo Ryohei

法務部サービスの付加価値を
何倍にも大きくして提供する人です。

法務部の仕事を一言で表現すると、「クライアントである社内各部門からの相談に対して一緒に対策を考えること」に尽きます。浜塚さんの仕事ぶりで感心するのは、聞かれたことに真摯に対応するのはもちろんのこと、自分の仕事に枠をはめることなく幅広い視野で相談事項に向き合い、クライアントが意識していなかった問題点や対策を指摘・提案するなど、法務部サービスの付加価値を2倍にも3倍にも大きくして提供できている点です。

そうした浜塚さんの取り組み姿勢はクライアントからも高く評価されていて、いろいろな部門からひっきりなしに相談が来るため、浜塚さんが数多くの仕事を抱えてしまいがちというのが上司としての嬉しい悩みでもあります。

これからも、法務部の中堅メンバーのリーダー格として、常にクライアント目線でサービスの品質向上をとことんまで追求する「浜塚イズム」を後輩たちにも伝授していってほしいと思っています。