

「E6系車両に故障箇所が発生した。すぐに動いてもらえないか」
朝一番、戸次の携帯電話に、JR東日本のとある支社から緊急連絡が入った。E6系は納品済み車両で、すでに営業投入されている。早急に復旧しなければ、ダイヤにも影響する。戸次は電話で故障状況を確認しながら、慌ただしくメモをとり始めた・・・。
戸次は、JR東日本向け新幹線車両を専門に扱う営業担当だ。新しい新幹線車両の引き合いがあると、社内関係各所を巻き込んで受注活動に動く。受注が決まると、詳細仕様設計から、製造、納品、アフターサービスに至る一連の動きの中で、一貫して対外窓口を務める。顧客と社内各所の間に入り、万事うまく進むよう、ある時は双方と厳しい交渉を重ね、ある時は矢面に立ちながら調整を図る、いわばタフな旗振り役といったポジションだ。もちろん納品後のトラブル対応も戸次の担当領域となるため、E6系の故障についても営業担当である戸次に第一報が入ってきた。
おおよその故障概要を確認した戸次は、すぐに設計部門の担当者と連絡をとり、翌日一緒に現地へ飛ぶ手はずを整えた。新幹線のダイヤは緻密で、運用できる車両台数も限られている。修理が長引けば、新幹線の安定運行に影響を及ぼすリスクも生じかねない。胸のざわめきを抑えながら、戸次は考えられる対応方法を頭の中で必死にシミュレーションしていた。
翌日、設計担当とともに現地に到着した戸次は、さっそく車両の状況確認を行った。図面と照らし合わせながら写真を撮影し、必要な部品を一つずつチェックしていく。現場で判断がつかないものについては、鉄道車両の製造を担う兵庫工場へデータを送信し、専門家の見解を聞くなどして、修理作業の全容をざっくりとつかんだ。「一日も早く復旧してもらいたい」、そうあらためて依頼するJR東日本のご担当者の想いを背負い、戸次は現地を後にした。次は社内調整だ。
オフィスに戻った戸次は、兵庫工場の設計部門や製造部門など社内関係各所に連絡をとり、必要部品や現場作業員などを手配しながら復旧までの道筋をつけていく。JR東日本が想定している復旧時期に間に合わせるには、極めて厳しい作業スケジュールが求められた。「どうしたものか・・・」。戸次は思い悩んだ末、無理を承知で兵庫工場のメンバーに要請を試みた。しかし、回答は「NO」。「無理してやると品質に影響するのでできない」というのだ。大勢の乗客を乗せて走る新幹線車両。安全を約束する品質は、川崎重工として絶対の最優先事項だ。とはいえここで立ち止まっていては、目標の復旧時期に間に合わない。ここから何とかして、道を拓く。正念場での粘り強い調整力こそ、営業としての腕の見せどころだ。
「安全品質を確保した上で何か方法はないか?」、戸次は工場側との協議を重ねた。設計担当も品質保証担当も、そしてもちろん戸次も、「一日も早い復旧」を目指す気持ちは共有している。一つのチームとなって打開策を必死に探し求める胸の内には、車両カンパニーの一員としてそれぞれの立場で宿す強いプロ意識と責任感があった。
社内外関係各所の多大なる協力を得て、E6系車両は最短スケジュールで復旧に至った。そのとりまとめ役を担った戸次は、JR東日本のご担当者から「ありがとう、助かった」と感謝の言葉をいただいた。今回の緊急対応も何とか乗り切ることができた・・・、戸次は胸をなで下ろした。車両の営業と言うと受注活動ばかりがクローズアップされがちだが、納品後のトラブル対応には、日々の安定・安全輸送を陰で支える重い責任とプレッシャーと向き合う、この仕事ならではの醍醐味があると戸次は言う。
それでもやはり、鉄道車両の営業として最も喜びを感じる瞬間は、自分が携わった新型車両が営業投入されるその時だ。2015年3月、北陸新幹線金沢開業の出発式を迎えた東京駅には、川崎重工が製造したE7系車両「かがやき」が朝日を浴びて文字通り輝いていた。そこに、戸次の姿があった。報道陣や鉄道ファンが数多く詰めかけている様子を、先輩と2人で反対ホームから感慨深く眺めている。
お客様をはじめ社内外のたくさんのプロフェッショナルが、「良い車両を作ろう」という一心で一丸となって作り上げた新型車両。まさに血と汗と涙の結晶とも言えるその車両が静かに走り出す姿を見ながら、戸次は「ああ、走り始めたなあ」と胸にじわりとこみ上げてくるものを感じていた。
戸次は車両カンパニーの営業部門に配属された当初、「こんなことがあった」「あの時は大変だった」などと、苦労した思い出話をする先輩の姿に憧れていた。受注活動、製造、アフターサービス、そのすべての局面で日々さまざまなことが起こる。それらをすべて受けとめて、各方面と調整しながら前へ進むのが営業の仕事。自分も早く苦労話の一つでもできるようになりたい・・・、そう思っていた。
今、戸次はさまざまな経験を重ね、やっといくつか披露できる苦労話も持ち得た。それでも、まだまだと自分を奮い立たせる。いつか先輩たちのように、「これは自分が担当した」と胸を張って言える仕事がしたいと思う。対するは、影響力の大きな新幹線車両。そのプレッシャーは強いが、戸次は果敢に立ち向かっていく。社会の動脈を支えているやりがいと、ともに汗を流してくれる仲間がいれば、恐れるものなど何もない。
学生時代は学生寮に住んでおり、寮生同士が交流を深めるためのいろいろなイベントを企画していました。当時、校内で餅つき大会を企画して一般学生に振る舞ったことが一番印象に残っています。あとはフットサルサークルに所属したり、ゼミの仲間と旅行に行ったり呑んだりと、ありきたりですが仲間に恵まれた充実した学生生活でした。
町工場でアルバイトをしていた経験から製造業を志し、中でも父の仕事の影響からインフラに携わりたいと思いました。また、サッカーや寮生活での経験から、チームに泥臭く貢献する仕事がしたいと考えました。最後の決め手は、面談で出会った先輩社員の人柄ですが、学生時代までの経験や大切にしてきたことが背景にあって、川崎重工に魅力を感じたのだと思います。
車両カンパニー
国内プロジェクト本部
東部営業部
石田 誉
Ishida Homare
営業部門の仕事は簡単にまとめると「受注から代金回収まで」です。簡単に「受注から代金回収まで」といいますが、受注するためにはそのための戦略を立てることから始まり、社内の受注体制を構築する必要があり、受注してからは社内を巻き込みながら利害関係者との調整が必要です。納入後もアフターサービスの対応をするなど、営業の業務は非常に多岐にわたります。戸次さんはそれらすべての業務を妥協することなくしっかりこなし、さらに後輩の面倒もしっかり見るという、大変頼りがいのある部下です。
そうした戸次さんの姿勢は社内のみならず、お客様からも高く評価されており、社内外から「戸次さんに相談すれば大丈夫」という信頼・安心感を持たれています。
上司としての心配は戸次さんが優秀すぎて上司不要論が出てこないかということです(笑)。
これからも、戸次さんには営業部門の中心として活躍してもらうとともに、さらに大きな仕事を手がけることができるよう、能力を高めていってもらえればと思います。また、これから入社される後輩たちの面倒も戸次さんに見てもらえれば、車両カンパニーの営業部門は安泰かと思います。